「エピジェネティクス革命(時代を超える遺伝子の記憶」
(The Epigenetics revolition
(How Modern Biology Rewriting Our Understanding of Genetics,Disease 
and Inheritence))2011年
第1章 みにくいヒキガエルと優雅な人間
 受精卵は分化すると(同じ設計図を使っているのに)全く異なる細胞になる。
 ところで、未受精卵に大人の細胞の核を挿入し孵化させることができる。(カエルで実験)
 つまり、遺伝子をオン、オフすることにより同じ遺伝子セットから異なる細胞が作れる。
 このメカニズムがエピジェネティックスである。
第2章 私たちはどのように坂の上り方を学んだのか
 ES細胞の研究により分化した細胞からIPS細胞を作ることができた。
第3章 これまで私たちが理解していた生命像
 DNAは細胞の設計図であり、すべてのタンパク質をコードする暗号を運んでいる。
 ※細胞分裂の際には、DNAも複製される。
 人間の細胞には20種類のアミノ酸があり、アミノ酸が組み合わされることでタンパク質になる。
 タンパク質は、DNAをmRNAにコピーし、リボソームでmRNAを鋳型とすることで作られる。
 mRNAには、アミノ酸をコードしたエキソン以外にイントロンと呼ばれる配列がある。
 これを別のイントロンを取り除き、エキソン同士をつなぎ合わせる(スプライシング)ことでアミノ酸を組み合わせて多くのタンパク質を作り出すことができる。
 ※ちなみにタンパク質をコードしている部分は2%にすぎない。
第4章 いま私たちが理解している生命像
 エピジェネティック修飾は遺伝子コードを変化させないが、その発現を変化させる。
 エピジェネティック修飾の物質的実体はDNAメチル化(シトシンにメチル基(H3C)を付加する)とヒストン修飾である。
◆DNAメチル化
 多くの場合Cの直後にGがきたときのみメチル化が行われる。(CpGと表記)
 メチル化によって遺伝子のスイッチがオフになる。
◆ヒストン修飾
 アセチル化(ヒストンにアセチル基を付加)は遺伝子をオンにする。
 ヒストン修飾には50種類以上あるが、単純に遺伝子のスイッチをオン、オフする訳ではない。
 このヒストン・コードは解読の努力がされている途中である。
 発生の過程は複雑でちょっとした違いで遺伝子発現が変化し得る。
 これが様々な病気につながる。
 ※ちなみに、DNAのメチル化に比べヒストン修飾は不安定である。
第5章 なぜ一卵性双生児は完全に同じではないのだろうか?
 一卵性双生児の病気の一致率を調べることで遺伝的要因の影響度が分かる。
 エピジェネティックな差は加齢や異なる環境刺激に応じて顕著になる。
 これは動物実験でも確かめられている。(マウスの尾や体重の例)
 ヒトではオランダの飢饉の例がある。
 ・妊娠後期に栄養不足だと赤ちゃんは低体重で、その後も太れない。
 ・妊娠前期に栄養不足だと赤ちゃんは普通の体重だが、その後肥満。統合失調症も多い。
 ・いずれも発現は確率的である。
第6章 父親の罪
 獲得形質の遺伝はエピジェネティックな修飾により可能のようだ。
 母体から子供や卵への影響を除くため父親を考える。
 父親経由で獲得形質の遺伝を示唆する例
 ・思春期前に(精子を作り始める前に)食糧不足を経験した父親の子供は循環器疾患での死亡リスクが減少し、逆に食べ過ぎた父親の子供は糖尿病による死亡リスクが増えたとのデータがある。
 ・アグーチ・マウスによる実験ではエピジェネティックな修飾が遺伝することが分かった。
 ・肥満などが父親の食餌に影響される(おそらくエピジェネティックな)ことがマウスやラットで確認された。環境汚染物質などの影響も然り。
第7章 世代間のゲーム
 哺乳類では、雄性前核と雌性前核が揃わないと受精卵は発生しない。
 DNAが父親由来か母親由来かは、特定の領域のDNAメチル化により記憶されている。
 @精子と卵に由来する雄性前核と雌性前核は、それぞれエピジェネティック修飾を持っている。
 Aそれらのエピジェネティック修飾は、受精直後に受精卵の中で取り去られる
 B細胞が分化し始めるにつれて、新しいエピジェネティック修飾が付加される
 ところが、次の2つは上記リセットを免れている。
 ・父親由来か母親由来かを示す特定の領域のDNAメチル化
 ・危険な領域のメチル化(例:ゲノムの多くを占めるレトロトランポゾン(ウィルス由来))
第8章 性の戦い
 哺乳類の多くは胎盤という仕組みを利用している。
染色体の一部は「父親由来か母親由来か」がインプリンティングされている。
 雄の染色体は胎盤の発達を促し、雌の染色体は胚を発達を促すらしい。
 インプリンティングは1億5000万年前に進化し、胎盤性の哺乳動物にのみ広く見られる。
 インプリンティングに関連した染色体に異常があると様々な病気を発症する。
 インプリンティングは遺伝子本体ではなく、その制御領域のメチル化で行われることが多い。
第9章 Xの創成
 ヒトの23対の染色体のうち、23番目は女性ではXX、男性ではXYである。
 女性のX染色体は片方だけが活性であり、これにより男女のX染色体は同数が発現される。
 この補正は胎盤性哺乳類動物に限って見られる。
 @通常の女性の細胞は、活発なX染色体を1本だけ持つ。
 AX染色体の不活発化(X不活発化)は発生の初期に起こる。
 B不活発化されるX染色体は、母由来、父親由来いずれの場合もあり、個々の細胞でランダムに起こる。
 CX不活発化は、体細胞やその子孫細胞において不可逆的な過程である。
 X不活発化はエピジェネティックな現象である。
 具体的には、不活発化された方のX染色体が持つXistという遺伝子が、転写されてRNA(ncRNAの1種)になると不活発化されたX染色体を覆うように広がる。
第10章 ただの使い走りではない
 生物学はパラダイムシフトの時期にある。
 生命活動を可能にするタンパク質、それをコードするDNAが重視され、RNAは軽視されてきた。
 DNAにはタンパク質をコードしていない領域が多く、その割合は複雑な生物ほど大きい。
 そのような領域でもRNAへの転写は盛んであり、転写されたRNAはタンパク質をコードしていないのでncRNAと呼ばれている。
 生命活動おける役割はタンパク質と同等のものらしいが、その詳細は、まだ明らかではない。
 例:遺伝子の発現抑制(長鎖ncRNAであるXistがX染色体を覆う例など)や促進、エピジェネティック修飾の制御(miRNAはmRNAと結びつくことで発現を抑制する)など
 ヒトはncRNAを加工することが多い。タンパク質は完成された部品なので変えにくいが、その制御方法を変えていると考えられる。
 その制御のミスによる症状も複数発見されているが全貌はまだ不明である。
 miRNAやsiRNAを応用した治療法も模索されているが上手くいっていない。
第11章 内なる敵と戦う
 エピジェネティックスな癌治療薬5ーアザシチジン、癌治療薬SAHAは偶然発見され、両者ともエピジェネティックス酵素を阻害し、遺伝子発現を上昇させることで癌の治療に有効である。
 癌は癌原細胞の過剰な活性化や癌抑制遺伝子の不活性化が引き金になる。
 この不活性化はエピジェネティックスな機構でも行われる。
 多くの癌で「プロモーターのメチル化」や「ヒストンのアセチル化低下」が見つかっている。
 遺伝子治療は困難かつ高価なため薬に期待がかかっている。
 しかし、癌には多くの種類があり、全ての癌に有効な治療はない。
 エピジェネティックスな薬は造血系腫瘍に有効である。
 だが、コストは高く、課題も多い。
第12章 心の中のすべて
 幼児期に虐待を受けたり、愛情が不十分だったマウスやラットは、エピジェネティックな仕組みからストレスに弱くなることが分かった。
 同様のことはヒトでも見られるようだ。エピジェネティックスは精神病と強い関連がありそうだ。
 これに対しては、薬が効果を現す場合は多いが、3つの懸念がある。
 @エピジェネティックな変化が小さい。
 A変化が見られる領域が限られている
 Bメチル化減少の仕組みが解明されていない。
 また、哺乳動物ではDNAのメチル化とヒストン修飾が記憶と学習に資している。
 アルツハイマーや麻薬中毒に薬は役立ちそうだが、リスクや効率の面で問題がある。
第13章 人生の下り坂
 加齢による病気のリスクの高まりの一因はDNAの配列にランダムに異変が蓄積することである。
 しかし、生物はこれを避けようとする仕組みを持っている。
 ところがエピゲノムはゲノムより可塑性が高く、変化は加齢に伴い増加する。
 これが老化による機能低下や病気のリスクの増大の原因かどうかは分からないが、病気の発症と進行に関連はしている。(例:ある種の癌)
 DNAメチル化の低下は、なぜかゲノムの不安定化につながる。(染色体を不安定にするから?)
 ◆テロメア
 染色体の修復のため、遊離したDNA末端を識別するがあるが、元々ある各染色体の末端が修復されないようにテロメアを配している。
 テロメアは細胞分裂毎に短くなり、やがて分裂できなくなる。(老化を制御)(例外は生殖細胞)
 ただし、テロメアを長くすると癌化するリスクが高くなる。
 テロメラーゼはテロメアを正常な長さに保つが、薬として使うと癌化のリスクを高める。
 ◆ヒストンの脱アセチル化
 酵母の複製老化(経時老化ではなく)にはヒストン脱アセチル化酵素Sir2が関わっている。
 ヒトでも似た酵素(SIRT6)があり、これがないと老化が過剰に進むことが分かった。
 ヒストン脱アセチル化阻害酵素(SAHAなど)は老化を加速させる恐れがある。
 ※ただし、SIRT6は幸いSAHAなどの影響は受けない。
 ◆カロリー制限
 現在のところ、長寿の薬の開発は見込みが薄いが、カロリー制限は有効である。
  (Sir2との関連は不明。)
 だが、筋肉減少、性欲減退という副作用がある。
 ◆レスベラトール
 有望株だが上手くいくかは怪しい。
第14章 女王陛下万歳
 ミツバチにはDNAが同じ多くの個体が同じ巣に暮らしているが、個体は女王蜂、働き蜂などの種類により全く違っている。この違いは生後3日目以降に与えられた食事によって生じる。
  (ローヤル・ゼリーを与えられ続けると女王蜂になる。)
 ミツバチはDNAメチル化のシステムを持っており、DNAメチル化酵素の1つDnmt3をノックダウンすると、ローヤル・ゼリーを与えるのと同様に女王蜂が生み出されることが分かった。
 つまり、ローヤル・ゼリーはDNAメチル化を介して女王蜂を生み出している。
 また、メチル化はヒストン修飾とも連動しているらしい。
 ミツバチのDNAメチル化は記憶にも関係している。(記憶力が高まるとDnmt3が増える。)
 哺乳類も似たようなことがあるが、DNAメチル化の使い方はミツバチと大きく異なっている。
 なお、社会性を持つ他の昆虫についてエピジェネティックスがどのように関係しているかは分かっていない。
第15章 緑の革命
植物 動物
同じ機能を果たす遺伝子が多い。
エピジェネティック・システムを持っている。
自身で栄養を作り出せる。 自身で栄養を作り出せない。
多機能性幹細胞が通常の身体の一部(茎の先端と根の先端)にある。 多機能性幹細胞が生殖細胞にしかない。
自由に動けない。 自由に動ける。
 最後の違いから植物はエピジェネティックな過程に大きく頼っている。
 例:シロイヌナズナは春を待って花を咲かせる。
 顕花植物も哺乳動物もインプリンティングの機構を持つ。これは各々が胚、胎盤という発生段階の付加的組織を持つからかもしれない。
 しかし、メカニズムには相違がある。DNAメチル化の使い方は生物によって異なっている。
第16章 これから進む道
 エピジェネティックスは大きな影響を持っているが、これに関する研究は緒についたばかりである。
★重要単語
受精卵 第2章
  分化全能性がある。
胚盤胞 第2章
 受精卵が数回分裂してできる。
 テニスボールの内側にゴルフボールがのりづけされたイメージ。
 外側が栄養外胚葉で将来は胎盤などになる。
 内側が内部細胞塊(ICM)でその細胞がES細胞である。
胚性幹細胞(ES細胞) 第2章
 増殖可能で胎盤以外のあらゆる細胞になれると言う意味で多能性を持つと呼ばれる。
誘導型多能性幹細胞(IPS細胞) 第2章
 分化したした細胞にES細胞と同じような多能性を持たせた細胞である。
 4つの遺伝子をオンにすることで作り出す。
ヒストン 第4章
 DNAと強く結合しているタンパク質。
 H2A,H2B,H3,H4と呼ばれる4種類が注目される。(ヒストンにはH1もある。)
ヒストン・オクタマー(コアヒストン) 第4章
 同じ種類のヒストンが2個ずつ一緒になり、全体で8個になったもの。
ヌクレオソーム 第4章
 ヒストン・オクタマーに147塩基対のDNAが巻き付いたもの。
クロマチン 第4章
 ヌクレオソームの集まり
RNAの種類 第10章
 tRNA:特定のアミノ酸を運ぶ。
 rRNA:リボソームの中心要素。
 mRNA:コードを伝える。
 ncRNA:タンパク質をコードしていない。生命活動おける役割はタンパク質と同等のものらしい。
 miRNA:mRNAと結びつくことで発現を抑制する。