「生命、エネルギー、進化」(Why Is Life the Way It Is?)2015年 | ||||||||
はじめに | ||||||||
「全ての生体細胞はプロトン(陽子、H+)の流れによってエネルギーを得ている」ことに着目し、 エネルギーが地球上の生命の進化に課した制約を説明する。 |
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第T部 問題 | ||||||||
1 生命とはなにか? | ||||||||
ゲノム(DNA)は情報でありサイズや構造には根本的な制約はない。 しかし、地球の歴史の大半では生命はエネルギーの制約を受けてきた。 |
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生命最初の20億年 | ||||||||
1.生命は40〜35億年前に水の世界で生まれた。 2.35〜32億年前には、代謝(呼吸や光合成)のほとんどの形態が生まれた。 だが、24億年前(大酸化事変前夜)までは、生命は地球を大きくは変貌させていなかった。 |
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大酸化事変の持つ意味 | ||||||||
生物は遺伝子と環境だけでなく、細胞とその物理的構造にも制約される。 酸素の増加は嫌気的なニッチも生み出す。→多系統放散を促す。 構造による制約は単系統放散を促す。→この制約が圧倒的だった時に真核生物が誕生した。 |
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真核生物は単系統 | ||||||||
全ての真核生物がミトコンドリアを持っており(内部構造が似ている)、今では真核生物は 共通祖先を持つ単系統だと考えられている。 この祖先は5つのグループを生み出したが、その内部では爆発的な放散が起きている。 共通祖先は葉緑体以外のほぼ全部(核、細胞機構、有糸分裂、有性生殖など)を持っていた。 系統ゲノム学により「速く、信頼が高い系統樹」が推定できるようになり、真核生物が驚くほど 多様でありながら似通っていることが明らかになった。 |
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複雑さへのステップ | ||||||||
原核生物(古細菌、細菌)の構造には複雑な形態への進化を阻む何かがあり、真核生物は ただ1度の単系統放散でこれを乗り越えて進化した。 |
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2 生とはなにか? | ||||||||
生物と非生物の線引きは無意味であり、生命は構造と環境の相互の関わりである。 | ||||||||
エントロピー、エネルギー、構造 | ||||||||
生命と非生命では、環境を含めて考えると、エントロピーは大差ないケースもある。 ただ、生命の要素であるアミノ酸を結合させ生命という構造を作るには、自由エネルギーが 要るので、反応性の高い環境(食物と空気、光子)が前提になる。 |
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生命のエネルギーのメカニズム | ||||||||
生物のエネルギー あらゆる生体細胞はATPをADPとPi(無機リン酸)にすることでエネルギーを得る。 これをエネルギーを用いてATPに戻す。(ADP+Pi+エネルギー⇔ATP) これには直接、間接に日光からのエネルギーが使われる。 レドックス反応(分子間で電子を受け渡す反応) あらゆる細胞のエネルギーはレドックス反応という化学反応からのみ得られる。 この反応では電子の供給源と吸収先を別のものに置き換えることができる。 電子の供給源と吸収先の多くの反応は遅い。そのため自由エネルギーが利用できる。 ※熱エネルギー、力学的エネルギー、紫外線放射、稲妻などより生物が扱いやすい。 呼吸は多様なので、基礎となる「レドックスタンパク質キット」に必要な遺伝子を取り込めば 多くの環境に適応できる。例:光合成 プロトン勾配 生命は薄い膜を隔てたプロトン勾配という手段でATPの生成を促す。 プロトン勾配は地球の生命に普遍的に見られる。 例:ミトコンドリアの働き・・・膜を利用してプロトンを汲み出し、濃度の差(電荷の差)からくる 電気化学ポテンシャル(プロトン駆動力)で酵素を使いATPを作り出す。 あらゆる生命がこの勾配からくる化学的浸透圧を利用している。 従って、この仕組み(化学的浸透共役)は進化の早い段階で生じたと思われる。 |
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第U部 生命の起源 | ||||||||
3 生命の起源におけるエネルギー | ||||||||
生命誕生の際、散逸構造(例:川、海流、ジェット気流、木製の大赤斑)は存在したが、そのため には継続的なエネルギーの流れは必要だった。生命も1種の散逸構造だ。 |
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細胞を作るため初期の地球環境で必要だったもの | ||||||||
1.反応性の高い炭素の供給(有機物の合成に必要) 2.自由エネルギーの供給(代謝を働かせる):例:ATP 3.触媒(代謝を加速、誘導する):今はタンパク質とRNAだが、金属硫化物などでも可能。 4.老廃物の排出:老廃物が貯まると反応は止まる。 5.区画化:脂肪酸は、ある濃度になると、細胞状の小袋を形成し、成長し分裂できる。 ※これは表面積対体積の関係によるので、この関係は細胞のサイズに制約を課している。 6.遺伝物質(RNA、DNAなど) 上記が揃えば、有機物が濃縮されて構造は自己組織化する。 |
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アルカリ熱水噴出孔で生命は誕生した。 | ||||||||
アルカリ熱水噴出孔 マントルに由来する岩石は水と反応して蛇紋岩になる。この時、熱を発し、水素の豊富な 温かいアルカリ流体が上昇してアルカリ熱水噴出孔となる。 ※ちなみに、海水とマグマの反応で生まれる深海のブラックスモーカーは、酸性で高温であり、 熱すぎて有機合成が起きないので、生命誕生の地ではない。 40億年前のアルカリ熱水噴出孔 1.既存の生命はいなかった。 2.酸素ないので触媒作用のある鉄鉱物があった。(酸素があると鉄は海に溶け込まない。) 3.二酸化炭素の濃度が高かった。→二酸化炭素が反応していた。(今は炭素に乏しい。) 化学反応から見た生命誕生に必要な条件 1.適当な温度で酸素がないと、二酸化炭素は水素と反応してメタンを生成する。 2.二酸化炭素と水素は、適度のエネルギーで@ホルムアルデヒドやメタノールになり、 生命になり得るが、エネルギーが多いとAメタンにまでなって生命になれない。 |
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プロトン・パワー | ||||||||
PH(プロトン濃度)が低い(酸性)ほど電子が移動し易くなる。 アルカリ熱水孔では、二酸化炭素で飽和した酸性の海水と水素に富むアルカリ流体が硫化鉄 を含む無機の壁に隔てられた場所もある。 ここで流れ出した電子が硫化鉄を経由して二酸化炭素の還元を促す。 アルカリ熱水孔で生命が誕生する可能性は高い。 |
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4 細胞の出現 | ||||||||
最初の細胞LUCAからまず細菌と古細菌が分岐したと考えられるが、両者の違いは大きい。 | ||||||||
細菌と古細菌の共通のプロセス(アセチルCoA(補助酵素A)経路)・・・同等で無生物のものあり。 | ||||||||
炭素を固定する(二酸化炭素などの無機分子を有機分子に変える)プロセスである。 水素と二酸化炭素の反応だけで反応性の高い有機分子を生み出し、長鎖の有機物を作り出せる エネルギーを放出する。化学的現象としては、アルカリ熱水孔と同じだ。 また、リン酸と結合して「ATP類似のアセチルリン酸」を生み出すことができる。 |
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熱水孔での生命誕生 | ||||||||
1.鉄硫黄鉱物を含む障壁をはさんでのプロトン勾配が、有機低分子の形成を促した。 これが熱泳動によって細孔で濃縮され、優れた触媒となった。 (Ech(鉄硫黄タンパク質(エネルギー変換ヒドロゲナーズゼ))のようなもの) 2.細孔内で原始細胞が形成された。細胞状の散逸構造である。 自身の膜をはさんでのプロトン勾配を利用していた。 3.遺伝子コードが誕生した。進化のメカニズムが動き、リボソームやATP合成酵素などを 生み出した。(LUCAの誕生) |
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プロトンを通さない膜の誕生 | ||||||||
原始細胞(天然のプロトン勾配を利用する) 酸性の海流からアルカリ性の熱水に向けてプロトンが流入するが、@濃度差が均される、 A正電荷がプロトンの流入を阻むとすぐ止まる。しかし、膜が漏出しやすいので流入が続く。 ただし、その場所から動けない。 対向輸送体の存在 ナトリウムイオン1個が流入するとプロトン1個を押し出し、逆にプロトン1個が流入すると ナトリウムイオン1個を押し出す。プロトンよりナトリウムイオンは膜を通しにくいので、 プロトン勾配があるとナトリウム勾配ができる。(外のナトリウムイオン濃度が高くなる。) 対向輸送体の副産物 プロトン勾配にナトリウム勾配を加えてくれるので、多くのエネルギーが得られる。 従って、細胞が速く成長し複製でき、より小さなプロトン勾配で生き延びられる。 プロトンを汲み出し、透過性が低い膜を持つことが有利になり、やがてプロトンを通さない膜 が生まれ熱水孔から出られるようになる。 |
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細菌と古細菌 | ||||||||
祖先(LUCA)の状態 | 天然のプロトン勾配が、EchとATP合成酵素を介して炭素とエネルギーの代謝を促している。膜がプロトンを漏らし易い場合のみ、うまく働く。 | |||||||
状況の変化 | 対向輸送体の存在によりプロトンを通さない膜が生まれた。 | |||||||
対応 | 古細菌 | 引き続きEchとATP合成酵素を使って炭素とエネルギーの代謝を促す。ただし、新たな生化学的経路とポンプを「発明」してプロトン(H+あるいはNa+ )勾配を生み出した。(対向輸送体をポンプに改変した。) | ||||||
細菌 | Echを通るプロトンの流の向きを逆転させ、Echの酸化を原動力とした。ポンプを「発明」する必要はなかったが、二酸化炭素を有機物に還元する新たな手段(電子分岐(*))を見つけた。 | |||||||
2つのグループのその後 | それぞれのグループが独立して膜を改良したのでグリセロールの立法異性体を使っている。能動的なイオンポンプと現代の膜により熱水孔から出られるようになった。DNA複製もそれぞれに独立に生じた。 | |||||||
(*)水素と二酸化炭素の反応で生じるエネルギーの一部をプロトン勾配として保存する。 | ||||||||
第V部 複雑さ | ||||||||
5 複雑な細胞の起源 | ||||||||
原核生物(細菌、古細菌)は形態の複雑さでは真核生物に及ばない。 原核生物が代謝の可能性を探り、特に化学的な問題の解決策を見出したのに対し、真核生物は サイズと構造の複雑さを増すことで可能性を探った。 |
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真核生物はキメラ | ||||||||
全ゲノムから作る系統樹 | 2/3 | 遺伝子の由来不明 | 速く進化したため配列の類似性を失った | |||||
1/3 | 3/4 | 細菌由来 | 真核生物の初期段階の内部共生で獲得された | |||||
1/4 | 古細菌由来 | |||||||
化学的浸透共役 | ||||||||
原核生物は化学的浸透共役を利用している。(唯一の例外は発酵の利用) これは用途が広く、どんな環境からもエネルギーを全て搾り取れる。 代謝に必要なエネルギーはATPから得るが、半個といった中途半端なATPはない。 しかし、プロトン勾配の形で事実上中途半端なエネルギーを溜め込むことができる。 |
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原核生物はそのままでは大型化できない | ||||||||
真核生物は原核生物より、体積もゲノムも、ひいてはタンパク質合成も桁違いに大きい。 従って、必要なエネルギーも大きい。 仮に、細菌を真核生物並のサイズにそのまま拡大したらエネルギーが賄えない。 (理由)膜部分で作られるATPを桁違いに増やす必要がある。 原核生物が大きくなるには、ゲノムも増やし、膜のそばに配置する必要がある。 ※巨大細菌のゲノムは膜付近に集中し、内部は代謝を行っていない。 |
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真核生物は内部共生(ミトコンドリア)で制約から抜け出した | ||||||||
ミトコンドリアがATPの増加をもたらした。 内部共生した原核生物のゲノムは縮小する一方になる。 ミトコンドリアは、ゲノムが縮小し、遺伝子は13個になった。 ※ミトコンドリアが遺伝子を残している理由 ミトコンドリアの内膜の電界強度は大きいので、制御を失うとATP合成の喪失のみならず、 フリーラジカルの発生も起きる。従って、生体エネルギー膜の近くにこれらの遺伝子が要る。 |
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真核生物の進化 | ||||||||
多くの内部共生体を持つことが有利なので真核生物真核生物は進化した。 内部共生体が遺伝子を失い、ATPが使える(使わざるを得ない)ことになった。 この進化は、地球でも1回しか生まれてはいないので稀だと考えられる。 |
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6 有性生殖と、死の起源 | ||||||||
真核生物は大きく変化し、核、有性生殖、2つの性、死などの特質が形成された。 | ||||||||
イントロン | ||||||||
真核生物のゲノムは多くのイントロンを持っている。その理由は次の通り 1.死んだ内部共生体のDNAが細胞質ゾル経由でゲノムに組み込まれた。 2.原核生物と違い、真核生物ではゲノムのサイズが増えても淘汰されない。 |
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核の起源 | ||||||||
無意味なタンパク質の生成を防ぐため、イントロンを切り出す必要が生じた。 これを行うのが、リボソームと比べて作業効率が悪いスプライソソームだった。 イントロンをリボソームが翻訳すると無意味なたんぱく質が生成されるので、転写と翻訳を 隔てる障壁が必要となった。 内部共生体から宿主細胞へ移動するDNAは、細菌の脂質合成の遺伝子も含んでいた。 これが沢山の脂質の袋の合成につながり、最終的にゲノムを取り囲む袋(核膜)となった。 |
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有性生殖 | ||||||||
特徴 | 2種類の配偶子の融合が必要など共通の特徴を持ち、細胞全体の融合とゲノム全体の物理的移動を行う。真核生物に広く普及し、祖先からの継承と考えられる。 | |||||||
メリット | 僅かな有害な変異の適用度の低下も許さない。「軽いダメージを与える変異の蓄積」を流動的な染色体を作り出すことで回避している。 | |||||||
デメリット | 「特定の環境で成功する遺伝子の組み合わせを壊す」、「無性生殖に比べ2倍のコストがかかる」、「配偶の相手を見つけるコスト」等々 | |||||||
メリットが最大になる条件 1.変異率が高い:初期の真核生物はイントロンの侵入にさらされていた。 しかもゲノムが大きいので致死突然変異のリスクが高くなった。 2.選択圧が強い:可動性イントロンが特に損傷を与えた細胞は取り除く必要があった。 3.集団内のヴァリエーションが多い |
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不死の生殖細胞、死を免れぬ体 | ||||||||
現在の動物一般 | 初期の動物 | |||||||
ミトコンドリア | 多い | 片親遺伝が固定されやすい。(*2) | 少ない | 良い細胞だけが残る。 | ||||
変異率 | 高い(*1) | 低い | ||||||
細胞間のばらつき | 大 | 小 | ||||||
生殖細胞 | 良い細胞のみ選べる | 生殖細胞には悪い。 | ||||||
成体の健康 | ×(*3) | 〇 | ||||||
(*1)代謝が高いので。(*2)片親遺伝は(核とミトコンドリアの)ゲノムの共適応を高める。 | ||||||||
(*3)組織の種類が多いと、重要な組織が悪いミトコンドリアを溜め込みやすい。 | ||||||||
細胞間のばらつきを減らす方法(動物一般が採った方法) 大きな卵細胞で成体の適応度を高め、小さな精子(ミトコンドリアは伝えない)で生殖細胞の ばらつきは確保した。 ミトコンドリアの変異に基づくモデルで多細胞生物の進化を説明できる。 |
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第W部 予言 | ||||||||
7 力と栄光 | ||||||||
ミトコンドリアのタンパク質には、ミトコンドリアゲノム由来と核ゲノム由来の2つがある。 この2つのゲノムは、遺伝子がミトコンドリアから核に絶えず移ることで進化し続けている。 |
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種の起源 | ||||||||
呼吸鎖ではミトコンドリア遺伝子と核遺伝子がマッチしないと、電子の流れが滞り、@ATP合成率 が低下し、Aフリーラジカルが発生し、Bやがて膜電位が失われる。 これはアポトーシスの引き金であり、真核生物全体で共通のメカニズムである。 交雑の不適合の可能性が高くなると別の種になる。 ※ちなみに、代謝率の速い方の性が生殖不能や生存不能になりやすい。 |
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ミトコンドリア遺伝子と核遺伝子のマッチの程度(閾値)のメリデメ | ||||||||
低い(鳥など) | 高い(ラットなど) | コメント | ||||||
生殖能力 | × | 〇 | 低いと誕生しにくい。 | |||||
適応性 | × | 〇 | 低いと遺伝子の配列は変化しにくい。 | |||||
有酸素能 | 〇 | × | 高いと飛翔できない。 | |||||
病気 | 〇 | × | 低いと不健康な子は発生しにくい。 | |||||
フリーラジカル老化説 | ||||||||
酸素を呼吸することでミトコンドリア内部で僅かに漏れる(リーク)フリーラジカルを老化の原因 とし、抗酸化物質がこれを防ぐと考えた。しかし、実証的には誤りだと分かっている。 |
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フリーラジカルのシグナル伝達とアポトーシス | ||||||||
フリーラジカルは「呼吸の能力<需要」とのシグナルを発し、ミトコンドリア増加を促す。 ただし、フリーラジカルの漏れが閾値を超えるとアポトーシスを引き起こす。 |
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漏れが多いミトコンドリアがコピーを多く作った場合(核と不適合なミトコンドリアか?) | ||||||||
細胞 | ケース | 結果 | ||||||
死ぬ | 別の細胞に置き換わる。 | OK | ||||||
代替できない。 | 残った細胞に負荷がかかる(脳や心筋) | |||||||
死なない | ミトコンドリアの変異が貯まる。 | 加齢性の疾患を起こす。 | ||||||
つまり、加齢による蓄積する不適合がミトコンドリアの性能を落とす。酸化的損傷ではない。) | ||||||||
老化への対策 | ||||||||
運動、カロリー制限は有効だが、種の上限の余命を超えることはできない。 フリーラジカルの漏れが少ない子だけが成長する種に進化すれば、寿命を延ばすことは可能だ。 |