「生と死の自然史(進化を統べる酸素)」(OXYGEN:The Molecule that made the world)2002年 | |||||||||||
第1章 序(生ーと死の妙薬) | |||||||||||
酸素は、「生の妙薬」とも「危険な毒」とも言われる。これについて科学的に語る。 | |||||||||||
第2章 開闢のとき(酸素ーその起源と重要性) | |||||||||||
当初、生命は無機物からエネルギーを得ており、酸素も利用したので毒性への抵抗もあった。 その頃の地球からは、紫外線が水を水素と酸素に分解し、水が消失しかねなかった。(水素は地球外消え、酸素は他の物質と反応し、地殻に取り込まれた。) 光合成で酸素が増えると、水素が大気中の酸素と反応して水として地球に留まった。 |
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第3章 沈黙の年月(微生物進化の三十億年) | |||||||||||
微生物の働きは岩石の形で残り、地球の酸素や生物を知る手掛りとなった。(炭素同位体比(重要単語参照)など)。これらから次のようなことが分かった。 38億5000万年前:最初の生物の痕跡(現在では生物由来は否定されている。) 35億年前までには:ストラトマトライトの存在 27億年前:シアノバクテリア(酸素を生成)や真核生物(重要単語参照)の存在 23億年前:地球全体が氷河で覆われた(スノーボールアース(重要単語参照))。これに続きシアノバクテリアが大量発生した。 22億年前:酸素濃度再度上昇。真核生物が爆発的に多様化。光合成と呼吸による新たな均衡に移行し、その後10億年ほどは変化なし。 5億4300万年前:生物の爆発的進化。 |
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第4章 爆発的進化の導火線(スノーボール・アース、環境変化、そして最初の動物) | |||||||||||
先カンブリア代の進化は酸素濃度の上昇と関係がある。 35億年前から23億年前:バクテリアの世界で停滞。 23億年前から20億年前:スノーボールアース。生物は一旦ほぼ絶滅し、再度繁栄したが、新たな酸素レベルで停滞していた。(真核生物に留まった)。ただし、次の飛躍に向けて遺伝子レベルの準備は進んでいた。 7億5000万年前〜5億9000万年前:再度のスノーボールアースで海の深部は硫化水素に満ちていたものの、海の表層と大気がかなり酸化した。ただし、微生物が深層部に沈む前に分解され、炭素は再利用されたので酸素濃度はなかなか上昇しなかった。ところが、消化管を持った生物が出現すると糞は深層部に沈み炭素が埋蔵した。そのため酸素濃度が現代のレベルにまで上昇し、爆発的な生物の誕生が起きた。 ◆捕食と大型化(カンブリア紀の動物) 酸素はエネルギー効率が良いので、食物連鎖を長くすることが可能になった。捕食は身体の大型化を促すが、このためには身体を支える物質が必要となる。これも酸素なしにはできない。 |
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第5章 ボルソーヴァーの大トンボ(酸素と巨大生物の出現) | |||||||||||
酸素濃度は、石炭紀と二畳紀初期に35%に上昇、二畳紀末に15%に降下、白亜紀に25%〜30%に上昇した。 ◆昆虫、両生類、シダ類の巨大化 捕食に対抗するには大型化が望ましいが、酸素濃度が高くないと巨大化し難い。 |
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第6章 危険な大気(酸素とX線ー共通の毒性機構) | |||||||||||
◆酸素とX線からできるフリーラジカル(重要単語参照) 放射線も酸素もフリーラジカルによって致死効果をもたらす。 フリーラジカルは呼吸によって酸素から絶えず作られている。 また、放射線は人体では水と反応する可能性が高く、水から酸素への変換の際には必ずフリーラジカルが作られる。 ◆フリーラジカルを抑えるための生体内の工夫 生体内では、エネルギーを得る時、酸素に少しずつ電子を供給している。それでも、フリーラジカルは常に作り出されているが、生物は、40億年前の放射線への対応以来、危険な物質を除去するメカニズムを発達させてきた。 |
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第7章 緑の惑星(日光と光合成の進化) | |||||||||||
酸素放出型光合成では光を用いて水を分解する。 この際、クロロフィルを使うが、クロロフィルはどの波長を吸収するかで対象となる物質が決まる。クロロフィルの吸収特性は僅かな構造変化で変わるので、技術的には紅色光合成細菌から容易に植物に進化できる。 |
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また、クロロフィルが水から電子を奪う間に危険な中間物質が発生する。そこで、最終形になるまでは酸素放出複合体の中に水を閉じこめておく。酸素放出複合体はカタラーゼと呼ばれる抗酸化酵素が2つ結び合わされたものに似ている。 酸素放出型光合成以前には、過酸化水素を分解して水素を得るカタラーゼは光合成細菌に存在していたので、カタラーゼが複合体を作る機会は多かった。 以上から、酸素放出型光合成の出現条件は、@水を利用するようにしむける淘汰圧(隔離された環境で鉄と硫化水素が消失)、A水を分解するメカニズム(2つのカタラーゼの結合)、B酸素に対する耐性(カタラーゼなど)である。 |
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◆酸素放出型光合成の進化 放射線に照らされるという条件がなければ水を分解する光合成は進化しなかった。 酸素放出型光合成は2分子のカタラーゼという1つのチャンスにかかっていた。 ※この進化は1度しかなかった。(飛翔や視覚は独立して何度も進化した。) |
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第8章 祖先を求めて(酸素出現以降の私たち共通の祖先) | |||||||||||
多くの観察から根本的には生物は同じなのでLUCA(最新共通祖先)を仮定する。 ※例えば、遺伝子からアミノ酸を作り出す過程は全く同じで、使用されるアミノ酸などの「利き手」が共通である。 ◆呼吸鎖遺伝子の継承 呼吸鎖遺伝子はLUCAから垂直に受け継がれた。特に、チトクローム・オキシダーゼをコードした遺伝子はLUCAが遊離酸素がなかった時、呼吸によりエネルギーを得るために進化したと考えられる。これは酸素から水を作り、その過程でフリーラジカルを抑えながら大量のエネルギーを得る。 ◆仮説 LUCAは放射線の注ぐ世界に住んでいた。ある時期は海の表層部におり、万能の代謝能力があった。ここでは紫外線放射が水を分解してエネルギー源を提供した。 最初の光合成生物は硫化水素か鉄を分解していたが、これらが枯渇すると過酸化水素、水へとシフトした。 LUCAは酸素を呼吸できたが、多くは必要としなかった。子孫の多くは環境に応じてその機能を失った。真核生物もその1つだが、ミトコンリアに進化した紅色細菌から再獲得した。 |
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第9章 ある逆説(ビタミンCと抗酸化剤の多彩な顔) | |||||||||||
◆抗酸化物質の特質(例:ビタミンC) 狭い範囲内に機能を限られており、それが多くの生理的機能を担っている。 主として他の分子との相互作用(周囲の環境)により振る舞いが変わる。 ビタミンCは様々な場面で電子供与体として働く。 ◆メリット(ビタミンCが有用な例) 例1:コラーゲンの生産と成熟に関与する。(不足は壊血病特有の症状を生む。) 例2:カルニチンの合成に関与する。(カルニチンは脂肪酸をミトコンドリアに送り 届けると共に余分な有機酸を取り除く働きがある。) 例3:様々な神経機能や内分泌機能を担う。 ◆デメリット(ビタミンCが有害な例) 例1:不活性な鉄を活性化し連鎖反応を焚きつけてしまう可能性もある。 例2:下痢、腎結石を引き起こす。 |
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第10章 抗酸化マシーン(酸素と暮らす方法さまざま) | |||||||||||
酸化に対する防御は以下の通り。 @回避(避難) 大型細胞や消化管の中に隠れる、外界の悪条件を緩和(例:硫化水素を酸素と反応させる。)、酸素レベルを察して逃げる、遮蔽物(死んだ細胞、粘液層)利用。 A阻止(抗酸化酵素)、封じ込め(フリーラジカル捕捉剤) スーパーオキシド・ラジカル(O2・-)の処理:酵素(スーパーオキシド・ディスムターゼ(SOD)はスーパーオキシド・ラジカル(O2・-)を過酸化水素と酸素に変換する。 過酸化水素の処理:カタラーゼなど多くの酵素が除去できる。 ヒドロキル・ラジカル(・OH)への対処:作らせないために金属を閉じこめておく。 封じ込め(フリーラジカル捕捉剤):電子を供与によって連鎖反応を断ち切る。 B応急手当(修復機能)、守りを固める(ストレス応答) アミノ酸の1種システインの酸化状態が様々なタンパク質の活性を左右する。 感染などで酸化が進むと、細胞は戦うか、自決するか決めることになる。 戦うなら、攻撃用、防御用双方のストレス応答が組織される。 |
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第11章 性と肉体維持の技法(老化現象の進化とトレード・オフ) | |||||||||||
有性生殖では、体細胞は、生殖系列を保護し専門的な細胞として働き、生殖系列は次世代を残すことに特化する。生存と繁殖のトレードオフの結果である。(寿命を延ばす要因は多産性を減少させる。) | |||||||||||
第12章 絶食は不老不死への道?(食物、性、長寿のトライアングル) | |||||||||||
インシュリンは「代謝を変化させて成長の方」に向ける。状況が良い場合に機能し繁殖の方に向かわせる。 遺伝子に変異があれば、インシュリンが存在してもホルモン(メッセージ)が発生しないこともある(長寿スィッチのまま)。これをインシュリン耐性を示したという。 ところが実際にはインシュリン耐性がある人間は短命である。今日の状況ではインシュリン耐性は長寿より糖尿病をもたらす。 インシュリン耐性は身体に食料が僅かだと思わせるが、食料が豊富な場合には、膵臓が疲弊し、やがては血糖値をコントロールできなくなり、短命につながる。 |
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第13章 役割分担へ向かわせるもの(暮らしのペースと両性の必要性) | |||||||||||
暮らしのベース(代謝速度(1時間当たりの酸素消費量))が速いほど、フリーラジカルが速く生成されるので、寿命が短い。(鳥類のミトコンドリアがフリーラジカルを外に漏らしにくいので代謝速度の割には寿命が長い。) ミトコンドリアの改良は困難だが、重要な遺伝子を活性化することは可能だ。 フリーラジカルはミトコンドリアの側で作られる。ミトコンドリアのDNAはコピーがあるし、修復機能もあるので痛み易くはないが、少しずつ痛んでくると老化の原因となる。 ◆最長寿命を決める細胞 酸素を多量に必要とし、分裂が遅い細胞で決まる。(脳細胞、心筋細胞など) ※分裂が遅い細胞には傷ついたミトコンドリアが貯まり易い。 ◆両性の必要性 バクテリアは急速な繁殖と厳しい自然淘汰によりミトコンドリアを無傷に保っている。 有性生殖では、父親由来のミトコンドリアは損傷を受けている可能性があるので受け継がせず、母親のミトコンドリアを無傷で次世代に渡す。 精子:受精まで動けば良い。ミトコンドリアは傷モノも可で常時作られる。 卵子:動き回る必要がない。一生が始まった初期に無傷のミトコンドリアを囲い込み、 呼吸タンパク質の生産を停止し卵に収めてある。 ミトコンドリアを世代間で手渡しするために、性が進化した。 |
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第14章 遺伝子と宿命を超えて(老化と疾病の二重スパイ説) | |||||||||||
「若い頃の感染などに対抗する方法」が「老化、老年病」の原因になっている。 老化と老年病はミトコンドリアからのフリーラジカルの漏れと酸化ストレスおよび慢性の炎症が組み合わされることによってもたらされる。 酸化ストレスは加齢により上昇し、NFkBのような転写因子を通じて感染を撃退する遺伝子を活性化させる。これが若いときは感染に耐えて生き残るチャンスを高めるが老化すると絶え間なく交戦状態になることで老年病を引き起こす。 |
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第15章 生と死と酸素と(進化から見た老化の将来) | |||||||||||
多くの事実が呼吸によるフリーラジカルは老化と老年病の原因であることを示唆している。これまで述べてきたように生命は酸素に対応しながら進化してきた。 | |||||||||||
◆長寿のための方策 @免疫系の制御(微妙) 微妙に免疫系を変化させる方法で長寿をある程度達成できるかもしれない。 しかし、感染症へのかかり易さとのトレードオフとなりバランスが難しい。 Aミトコンドリアによる酸化ストレス上昇防止 ・優れたミトコンドリア(方策ではない) 変異型遺伝子Mt5178Aを持つ人は鳥のような優れたミトコンドリアを持つ。 ・ミトコンドリアの若返り(駄目) 技術的問題も残っており、何より倫理的な問題がある。 B遺伝子の活性化(有望) ・カロリー制限:活性を長寿の方に変化させることができる。 ・カルニチン(第9章):類似の効果が期待できるが、フリーラジカルの漏れや酸化ストレスを増大させる効果もある。これをリボ酸などで抑制することが有望。 ・適度な運動:ミトコンドリアの複製を促し健康なミトコンドリアが優勢となる。ただし、激しい運動は酸化による損傷が危害を加えるおそれがある。 ・頭の体操:なぜかアルツハイマーの予防になる傾向がある。 |
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◆結び ミトコンドリア医療は有望であり、欠陥遺伝子の追及より老化の研究に注力すべきだ。 酸素が老化を促進するという考えは有効であり、老化を遅らせることは可能である。 |
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★重要単語 | |||||||||||
炭素同位体比 | 第3章 | ||||||||||
※歴史的資料の年代測定に使われる炭素14ではない。 炭素12と炭素13の比率は一定であるが、光合成では炭素12の方が分解しやすく優先的に使われるので、生物の身体には炭素12が濃縮される。(逆に体外には炭素13が多くなる。) このことから埋もれた有機物(石炭など)と炭酸塩岩(石灰岩など)を調べると生物がどれほど 活動していたかが分かる。 →呼吸によって酸化されると二酸化炭素となる。 →土に埋もれると循環から外れる。 |
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スノーボールアース | 第3章、第4章 | ||||||||||
地球全体が氷河に覆われること。 1回目は、遊離酸素の出現により温室効果ガスが取り除かれたことが切っ掛けとなった。 2回目は、たまたま赤道に陸が集まり氷河が陸を覆わなくなったことが切っ掛け。海の浸食が多くなり二酸化炭素が減った。 氷河が発達すると太陽熱を反射したが、赤道にある大陸を覆うと海の浸食も止みスノーボールアースも終わった。 スノーボールアースの後は酸素濃度が上昇しているが、これは氷河の浸食作用が海洋に栄養素を満たし、シアノバクテリアの大発生を促したからである。 |
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真核生物 | 第3章、第8章 | ||||||||||
真核細胞は異なる構成要素の寄せ集めであり、紅色細菌由来のミトコンドリア、シアノバクテリア由来の葉緑体などがその要素の代表である。 宿主とバクテリアは互いに消化できない、脱出できないという均衡を保ちつつも互いにメリットがあるために、やがては一体化したと考えられる。 例えば、ミトコンドリアは現在ではATPの生産者として宿主に寄与しているが、当初は酸素を消費し、その害毒から守ることで役立っていた。 38〜40億年前:アーキアとバクテリアが分岐した。 25〜30億年前:真核生物がアーキアから分岐した。 20億年前:真核生物がバクテリアを飲み込んでミトコンドリアと葉緑体を獲得した。 |
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フリーラジカル | 第6章、第8章、第10章、第13章〜第15章 | ||||||||||
放射線も酸素もフリーラジカルによって致死効果をもたらす。 酸素から水(呼吸)、水から酸素(放射線)への変換の際に作られる。 ◆ヒドロキシル・ラジカル(・OH) ← 直接的な破壊をもたらす 放射能が水から最初に作る。 極めて反応性が高く何とでも反応する。反応を防ぐのは事実上不可能。 全てのタンパク質、脂質、DNAを無差別に攻撃し損傷と破壊を拡大するフリー・ラジカル連鎖反応を開始する。 ちなみに、生体反応以外ではオゾン層破壊につながる。 ◆過酸化水素(H2O2) ← 遊離した鉄が存在するとヒドロキシル・ラジカルを作る 溶存態の鉄(Fe2+)にあうとヒドロキシル・ラジカルを作る。(フェントン反応) H2O2+ Fe2+ -> OH- + ・OH + Fe3+ ◆スーパーオキシド・ラジカル(O2・-) ← 鉄を遊離させる 貯蔵鉄(Fe3+)を溶存態の鉄(Fe2+)にしてフェントン反応を増幅する。(自身はO2になる。) つまり、水と酸素の「3種の反応中間物質」は、鉄が存在すると生体分子を損傷する。 |
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